旅の情緒

旅をすると何故か落ち着く。

これは私だけかと思っていたけれど、最近同じことを言う人と出会った。
イタリア人で年が一つ上のご近所さんだ。週末会おうとしても、なかなか町にいない旅好きの彼女に感化され、私もまた旅に出ることにした。

3週間、毎週末3泊4日でどこかへ行き、月曜の朝には空港から直で出社。
しかし30歳、3週間も週末に自分の布団で寝ない日が続くと、さすがに疲れるものである。そして案の定、高熱を出し、その後2週間を費やしてやっと体力を回復した。

これに懲りた私は、しばらく2ヶ月は会社と自宅を往復し、とにかく生活のリズムを保ち、週末は地元でのんびりしようと心に決めた。
しかし旅好きの上に仕事でも出張の多い彼女は、一行に週末はどこかへ行ってしまってなかなかつかまらない。

久しぶりにお茶を飲みに来ないかと誘われた場で、単刀直入に、出張と旅でどうして疲れないのかと聞いた。
「だってうちにいたら、何かと気になって掃除したり買い物したりで、結局何もしないつもりでも何か忙しくなるでしょ。」
だからわざわざ遠出するのだそうだ。

そんな彼女にまた感化された。

最近、日帰りでも帰って来れる距離だとはわかっていたけれど、アムステルダムの郊外に友人らと、2泊キャンプに行ってきた。国は違っていても、何故かドイツ人ばかりが多く、食べ物も特徴がなく、しかもキャンプ場で売られている食材はたかが知れている。

結局、同じ友達と一緒に飲み食いするのは地元でも出来ることで、電車の時間を気にせずに遅くまで飲んだり話をすることができた以外は、特にわざわざ行くほどでもないのではないかと思った。

ただ家にいたくないから外に出ている彼女とは違い、私は異国情緒を求めてしまう。しかし異国情緒は旅を重ねれば重ねるほど得難くなるものだ。初めてヨーロッパに来た時に味わった新鮮さが懐かしい。スーパーで量り売りでもない、普通に売られているパックのチーズの美味しさに感激し、カフェのメニューに知らないものばかりあることに戸惑い、街で流れてくる音楽に感動し、「この曲の名前って何ですか?」など、そこらへんにいる人に聞いたりしていた頃が変に懐かしい。

もちろん驚きはそこらへんにある。このアムステルのキャンプ場でキャビンを予約したら、小屋の中に枕はあっても、シーツも掛け布団もなかったこと、そんなことは当たり前だと布団一式持ってきた友人の準備の良さ・・・驚いたけれど、でもこのどこに異国を感じればいいのだろう。

最終日、キャンプ場の設備の良すぎるセンサー式のシャワーを浴びながら、「ここだけだったら、近所のジムの更衣室と全然変わりないな」と思っていると、近くの個室で誰かが歌っているのが聞こえてきた。個室に区切られているても、共同シャワー、それなのにまるで自分の家の風呂場でのように大声で歌っている。スペイン語かポルトガル語で、時々歌詞のわからないところは鼻歌で歌ってごまかしていた。この歌声に耳を傾けていたら、急に異国にいることを実感した。

誰かの歌声を聴くこと。そこに何か当たり前なのに得難い何かリアルなものを感じる。結局はこれが旅なのだなと思う。旅先で誰かの家で地元の料理を作ってもらって食べたり、地元の人との小さなやりとりが長い間心に残ったり。パリに行ってエッフェル塔に登った思い出よりも、町のパン屋さんに日本でするように自分でトングでクロワッサンを取ろうとしたら怒られたことの方に何故かパリにいることを感じた。

だからもしかしたら、この旅好きの彼女の「週末何もしないでゆっくりする」というのも、旅の理由であっていいのかもしれない。旅をしている時、日常から自分を切り離して、ただ違うところにいる。そこで旅の良さに出会うのであって、何かを求めて旅に出ることが旅でもないようである。

そんなことを考えていたら、松尾芭蕉の奥の細道の「そぞろ神のもににつきて」という節が急に頭に浮かんできた。これがとてもしっくりくるのである。
旅をしている時だけは、この何処かに行きたいというそわそわから解放される。日常生活の中では、とにかく周りにある全てのものを押しのけ、なんとか自分という存在を押しつぶされないように守って生かすこと、そして日常を逃避することだけを考えているような気がする。
知らない人に怒鳴られたら、忘れようとするし、周りが煩かったら、なるべく耳を傾けないようにする。そして日常から解放されても、日常を否定して愚痴をこぼしあうことが、日常生活を更に色濃くする。

でも旅をしていると、周りを否定して押しのけている外向きの力が、内向きに変わる。とにかく周りにあるものを吸収し、篩にかけ、何か普遍的なものを探したくなる。周りをできるだけ理解したいと思う。怒鳴ってくる知らないオジさんも、道でたむろっている若者が流しているうるさい音楽も、人混みも、景色も何もかも吸収する。そしてなぜか、ゴミ箱から、信号機から、スーパーで売られている牛乳のパックまで、とにかく面白いと思える。

だから旅をしていると落ち着くようだ。

これをもちろん毎日やっていたらば、息ができなくなるし、頭がおかしくなってしまうと思う。だから、なるべく無視すること、雑音や背景に変えることを覚えて毎日実行しなければならない。

日常があって、その対象に旅がある。久々にこうやって旅を引き立ててくれる、つまらない日常生活に意味を見出すことができた。
また日常に疲れたら、また旅に出ればいい。そう思っていたら、心が軽くなった。

これだから旅をすると落ち着く。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *