恥の文化と顔を立てない文化
先日、オランダに住む友人のところに遊びに行った帰りに、IC(ドイツの特急列車)に乗っていたところ、やけに車内アナウンスが多いことに気が付いた。
ドイツでは次の到着駅などを示す電子版のようなものはないため、到着駅は車掌がアナウンスで伝える。アナウンスのやり方は、到着駅と列車番号をいう以外は特に決まりもないようで、ドイツ語のアナウンスの後で英語で言う人がいたりいなかったり、小さい駅と大きい駅ではアナウンスが違ったり違わなかったり、やり方は人それぞれだ。路線上でしばらく停止した時に状況を伝える時は、人によって全然違く、イライラしながらいう車掌さんもいれば、気長に待ちましょう的な雰囲気を醸す人もいるので、気分や性格もアナウンスに表れる。
私が乗っていたこの列車では、次の到着駅のアナウンスをただ伝えるのではなく、「もうすぐ○○ですよ。そろそろ最終地点の△△に近づいてきましたね!」のようなことをいうので、アナウンスが好きなひとなんだなと思いながら聞き流していた。
そして、ある駅で停車して、発車後「今○○を出発して、最終地点△△に向かっています」というアナウンスの後に少し間があってから「ところで、一番後ろの車両に乗っている女性の方へアナウンスです・・・」と車掌が続けたので、勝手にロマンチックな展開があるのではと耳を傾けた。
「・・・この電車は、グループとして一緒に旅をしているので、そのグループの旅程を遅らせるということは、遅れたことに対して誰かが責任を負うことになります。普通であれば遅れに対してドイツ鉄道が払い戻しを行いますが、個人のせいでまた今後また遅れるようなことがあれば、損害賠償を払っていただきます。・・・」
格式ばった言い方というよりは、先生がお説教をするような言い方で話す。この時点では一体何があったのか、全くわからなかった。アナウンスは続いた。
「・・・停車駅で喫煙するために、ドアが閉まらないようにする行為はやめてください。そして、乗り継ぎ電車がある方々、もしもこの列車の遅れによって乗り継ぎ電車に乗れなかった場合はこの女性のせいです(dank dieser Frau.)。」
そしてブツリとアナウンスは切れた。
この女性が一体どのように扉を開けたままにしていたのかはわからないけれど、プラットフォームで片足をドアにはさんだまま喫煙する姿がなんとなく頭に浮かんだ。
それにしても、個人的に注意するのではなく、こんな風に車内アナウンスでさらし者にするなんて、日本ではとてもありえないことだなと思った。特に、お金を払って乗っている乗客に対して、客として何の配慮もない行為である。
客だからといって顔を立てる必要はない
アジアはsave face(面目を保つ/顔を立てる)文化があるとはよくいわれるけれど、それがふと頭に浮かんだ。
アジアから離れたドイツはそこまで違うのだろうか、本当にこれで人が傷つくとか、その女性が座っている車内で周りから白い目で見られることに何も感じないのだろうかと疑問に思った。
とはいっても、長い旅だとはいえ、電車のドアが閉まらないようにして電車を遅らせてまでタバコを吸うという荒業をやってのける女性には、こんなことではひるまない厚い面の皮が備わっているのかもしれなかった。それにこんなことをやって新幹線を遅らせる日本人も想像ができないので、こういう身勝手な人も多い個人主義社会では、一人ひとりに気を遣っていては、迷惑行為を助長してしまうので背に腹はかえられないのかもしれない。
この車掌のアナウンスがあってか、列車は26分遅れで終点に到着した。払い戻しが発生するのは60分からなので、喫煙家の女性も損害賠償を払わずに済んだので一件落着ということか。日本がもし、こんなアナウンスが起こってもニュースにならない社会で、車掌さんも接客業も、客相手に思ってることや、それこそこの車掌のように嫌味さえも言えたら、きっとみんなスカッとするんだろうなと、家までのローカル線を待ちながら車掌側に気持ちが傾いた。
思ったことをむやみにぶつけるわけではないドイツ
でも列車が遅れたせいでローカル線を一本逃したので、長旅の末に私は寒い夜のプラットフォームに立っている。アナウンスでは、こうなったら「この女性のせいです」といっていたけれど、その女性がもし自分の目の前にいたからといって、文句のひとつが言いたくても言えない。
それは私がそういう環境で育って、そういう前例を見てこなかったことも大きいし、それにここがドイツとはいえども、そこまで面と向かって人に思ってることを直接言える社会ではない。
そうすると、この車掌はもしかすると直接女性に注意するのが嫌だからアナウンスで注意したのかもしれない。もしかしたら、案外こういうところは争いを避けるという意味で日本的(?)だったのかもしれない。